現在の展示

金剛館【分館】

常設展示

名称   伝来 時代
重文 釈迦如来立像 木造 三重神宮寺伝来 平安時代
重文 浄土曼荼羅刻出龕 木造 高野山無量寿院伝来 平安時代
重文 宝冠阿弥陀如来坐像 木造漆箔 伊豆常行堂伝来 鎌倉時代
重文 阿弥陀如来立像 木造   鎌倉時代
重美 阿弥陀如来立像 木造漆箔   鎌倉時代
   阿弥陀如来立像 木造漆箔   鎌倉時代
   持国天立像 木造   平安時代
   増長天立像 木造   平安時代
   阿弥陀如来三尊像 木造漆箔   鎌倉~南北朝時代
   増長天立像 木造   室町時代
   狛犬 木造   鎌倉時代
重美 梵鐘 銅製   室町時代

金剛館【分館】の詳細

法宝蔵【博物館3号館】

ご挨拶

 

渡辺常庵 (篁雪 本名 丈太郎)

明治24年(1891)~昭和39年(1964)

 

渡辺常庵は、大阪の人でモスリン商を営んでおられた数寄者でした。古儀茶道藪内流の11代透月斎竹窓家元の門人で早くから茶の湯の才を発揮され大正8年(1919)28歳のときには流儀最高の皆伝を許されて名人とも称されておられました。

点前だけでなく茶の湯の研究にも熱心で自ら常庵会を設立し著名な講師を招聘し勉強会を開いたり各地の有名な茶に関した史跡、茶室の見学会などを百会以上開かれました。常に点前すなわち身体のしつけと頭の教養の二元を基本に置き心を清め、心を新たにして世間に立ち直ることを目的とする茶道を目指されました。

また、生駒山宝山寺の茶室の建設にも尽力し藪内流の普及、発展に寄与されました。

当山初代耕三寺耕三との接点は、初代が尾道浄土寺にお佛像を拝見に行ったおり、お茶を出され所作が分からず恥じ入り、直ちに大阪に立返り当時名の知られた渡辺常庵宗匠に弟子入りされたことが始まりです。誕生年が同じなのも有り師弟を超えて交際が深まり常庵会も当寺に来られました。その時お土産に持って来られたのが今回陳列しています瓜の香炉です。初代住職も研鑽を積みその後皆伝を12代猗々斎竹風家元より許されました。耕三寺家は4代に渡り藪内流を嗜んでおりますが渡辺常庵宗匠の事績は、語り継がれております。

大正、昭和の藪内流を支えた数寄者渡辺常庵の茶の湯の一辺をお楽しみください。

 

 

展示品名 時代
橘大亀筆 法語 常庵師追善   昭和時代
常庵筆一行書 天開萬國歓   昭和時代
常庵筆一行書 松風吹天簫   昭和時代
常庵筆一行書 月   昭和時代
常庵筆画讃 蜘蛛   昭和時代
常庵筆画讃 紅葉   昭和時代
常庵筆画讃 内宮   昭和時代
常庵筆画讃 古希   昭和時代
常庵筆讃 淀川舟 武田宗延讃   昭和時代
常庵筆画 朝顔 梅上西庵讃   昭和時代
白地宝船釜 常庵好 大西浄長造 初夢 昭和時代
常瓢棚 常庵好   昭和時代
三島写 水指 常庵手造   昭和時代
瓢水指 常庵手造   昭和時代
灰釉水指 常庵手造 於永寿窯   昭和時代
杜若面取中次 常庵和歌入 橋口宗榮作   昭和時代
時雨棗 常庵和歌入   昭和時代
和歌竹茶器 常庵和歌入   昭和時代
青磁手桶替茶器 常庵銘 清泉 明時代
青磁爵形香炉   明時代
瓜香炉 八世白井半七造 梅上西庵箱書付   昭和時代
桃山百双図 風炉先屏風 常庵画   昭和時代
飛石図 風炉先屏風 常庵画讃   昭和時代
藪内流点前相伝書(問目録) 常庵宛   大正時代
赤楽茶碗 楽旦入造 常庵箱書付   江戸時代
常庵手造茶碗   昭和時代
唐津茶碗及び茶箱組道具 常庵所持 石爆 江戸時代
耕三寺本堂絵茶碗 常庵絵付 真葛香斎造   昭和時代
菊絵茶碗 常庵絵付   昭和時代
楓絵茶碗 常庵絵付 岡本為治造   昭和時代
干支絵茶碗 常庵絵付 真葛香斎造 福兎 昭和時代
干支絵茶碗 常庵絵付 真葛香斎造 俵牛 昭和時代
竹茶杓 常庵作 藪内透月斎筒箱 蓬か島 昭和時代
木茶杓 常庵作 共筒共箱 さくら 昭和時代
竹曲建水 常庵好   昭和時代
法宝蔵【博物館3号館】の詳細

僧宝蔵【博物館4号館】

作品名 時代
藪内比老斎竹陰一行 有梅添月色無竹欠秋聲 江戸時代
藪内透月斎竹窓作 竹一重切花入 寒居時雨 昭和時代
色絵兎摘四方香合   江戸時代
古備前種壺水指   江戸時代
肥後焼立鼓茶入   江戸時代
梅木地栗蒔絵小棗   江戸時代
呉器茶碗 杏樹 朝鮮王朝時代
古薩摩茶碗 月鶴 江戸時代
祖母懐焼茶碗 志野写し   江戸時代
藪内真々斎竹猗作茶碗 弁慶 江戸時代
藪内家猗々斎竹風共筒茶杓 生口八景 昭和時代
蔦蒔絵黒丸盆 神戸雪汀作   昭和時代
僧宝蔵【博物館4号館】の詳細